菅原一秀の経歴とプロフィール!大学はどこ?愛人報道!


「保育園落ちた」ブログ問題の国会質疑でヤジを飛ばしていた自民党の菅原一秀衆院議員が、経済産業副大臣時代に、「政治経済事情視察」として国会を休み、当時の愛人とハワイ旅行に出かけていたことが週刊誌で報じられています。

旅行に出かけたのは、およそ3年前の、2013年4月27日から5月1日で、当時、菅原議員は、「政治経済事情視察」として衆院議院運営委員会にウソの請暇願を提出し、ハワイに旅行していたということです。

そして、結婚を前提としない形で男女関係にあった27歳(当時)の女性と、ハワイで合流して楽しい時間を過ごしたということです。

そんな、遊び大好きの菅原一秀議員の経歴とプロフィール、出身大学を見ていきましょう。

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経歴とプロフィール

名前:菅原 一秀(すがわら いっしゅう)
生年月日:1962年1月7日
年齢:54歳
出身地:東京都練馬区豊玉

日商岩井㈱に勤める商社マンだった菅原一秀議員は、サラリーマンを続けながら、練馬区議会議員に出馬するため、街頭演説を始めたようです。
そして、29歳で出馬した、1991年の練馬区議会選挙の初当選から議員人生が始まっています。
練馬区議会議員は、1991年から1997年、東京都議会議員は、1997年から2000年、衆議院議員は、2003年から現在と、衆議院議員になるまでにも、どんどん、頭角を現しているのがよく分かります。

2000年に衆議院総選挙に出馬するものの落選していますが、2003年に見事にリベンジを果たしています。
以後、衆議院での当選を重ねると共に、2009年には厚生労働大臣政務官、2014年には財務副大臣を務めるなど、党内でも重要な存在になっています。

小中学校は地元豊玉にある豊玉南小、豊玉中を卒業していて、高校は早稲田実業高校に進学しています。

中学時代はサッカー少年だったようですが、高校から硬式野球部に所属して、3回も甲子園に出場しています。ピッチャーとしてチームを支えていたそうです。まさに、文武両道の学生時代だったようです。

早稲田大学社会科学部に入学し、同部を卒業後に、早稲田大学政治経済学部に学士入学しています。

大学では、地方自治を研究する一方、早大雄弁会で活躍していて、この頃からすでに政治家になることを意識していたような活動をしていました。

驚きなのが、大学で新たに「ダンス」を始めたそうで、全日本ディスコ選手権に出場して3位の成績を収めるほどの腕前だったようです。

この大会で、あの有名なダンサーのSAMさんと出会い、6年間「ロッキー」というユニットを組んで「ディスコ破り」をしていたと本人とSAMさんが語っているのでさらに驚かされます。

大学卒業後は、民間企業の日商岩井(株)に就職。商社マンとして海外を飛び回り、世界62ヶ国を一人で旅していたということで、この間、国際的な感覚をしっかり身に着けていたことが議員としての活躍につながっているのでしょう。

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妻や子供の存在が気になる

菅原一秀議員は現在独身なのですが、過去には結婚をしていました。1995年に結婚して、妻との間に、3人の子供がいたようです。
噂によると、議員の仕事が忙しかったせいか、子供の世話をしないどころか、顔もろくに見たことがなかったようです。

離婚の理由はマザコンの度が過ぎたと言われています。お父さんが生前、会社経営をしていたようで、裕福な家庭環境だったようなので、お母さんに大切に育てられ過ぎていたということなのでしょうか。

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