青木隆治の父親のトラック事故がヤバい!離婚あり火災ありで波乱万丈?

抜群の歌唱力を誇る、天才ものまねタレント青木隆治さん。

青木隆治さんは2世タレントなわけですがその父親と言うのが、同じくものまねタレントであるツートン青木さん。

そのツートン青木さんが歩んできた過去の出来事の中で衝撃的なことがいくつかあるので青木隆治さんの情報と合わせて見ていこうと思います。

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青木隆治の身長や出身、年齢や経歴は?

青木隆治さんは1981年1月29日に神奈川県横浜市で誕生しました。

元来歌唱力には自信があったらしく、実際に16歳の時に小田原市で開催されたNHKのど自慢でチャンピオンに輝き、その翌年に開かれた同番組のチャンピオン大会でも優秀賞を受賞。

その後、各オーディションなども受け歌手を目指すも、

「歌は上手いが、心に響かない」

などと酷評されてプロの道が拓けず、

20代半ばの頃に好きではなかった

「ものまね」

でTV出演をするようになります。

これには研ナオコさんの勧めがあったとも言われます。

そして歌のものまねで美空ひばりや桑田佳祐、さらには海外のミュージシャンなど、様々なレパートリーを完璧なまでに披露して評価を上げます。

そして、2010年に「言葉/二つの糸」で歌手としても本格デビューを果たしました。

青木隆治の父親はツートン青木!過去の職業での事故がヤバい!

そんな青木隆治さんですが、彼のことに関して避けて通れないのは、

父親のツートン青木さんの存在です。

田村正和のものまね等で有名なその父親ですが、ツートン青木さんには仰天のエピソードがありました。

かつてダンプの運転手をしながらタレント業も兼任していたツートン青木さん。

ある朝、ダンプで現場に向かった彼は歩道橋に激突するという大事故を起こします。

荷台を上げたまま走行していたのです。

怪我は肋骨にヒビが入っただけで、大事には至らなかったそうですが、歩道橋の修繕費用を払うため、

1400万円の借金を抱えることになります。

自動車保険だけでは賄えなかったようです。

毎日の仕事が過酷で、疲労困憊の中、このような事故を起こしてしまったと本人は語っています。

ダンプの運転手とタレント。

二足のわらじは大変だったことは想像に難くありません。

この事故をきっかけにツートン青木さんはタレント業に軸足を置きます。

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ツートン青木が離婚!子供は何人いた?

ツートン青木さんには駆け落ち同然で結ばれた妻がいましたが、二足のわらじを履き続けて夢を追う彼に愛想を尽かして妻が出て行き離婚したということがありました。

ダンプ事故を起こす前の話です。

彼のもとに残った息子の青木隆治とその妹を養うために、相当頑張ったのでしょうが、その結果が痛ましい事故だったというわけです。

タレント一本で本格始動した彼は、あるオーディションに合格して素人ものまね番組に出演。

なんとその番組で、ものまねメドレーを披露して見事に優勝。

この時点で歌手として活動していた彼は、ものまね芸に関しては素人でしたが、この結果を受けて、ものまね芸人として一本立ちを果たします。

しかしこの後にさらにヤバい事が起こります。

何と自宅の隣家が火事を起こし、彼の自宅も延焼。

残ったのは財布と携帯電話だけだったそうです。

彼は火災保険にも入っておらず、この火事でさらに借金も増えました。なんと波乱万丈な人生でしょうか!

しかしツートン青木さんはこれで腐りませんでした。

「今までの悪いことを焼き払った」

とポジティブに事態を考え、すべてを吹っ切ってものまね芸に邁進。

そしてその存在はお茶の間に定着し、多くの人に笑いを届けることなったことは、今や言うまでもないでしょう。

息子、青木隆治さんがものまね芸で話題を攫うと、これにも負けられないと新たな闘志を燃やすツートン青木さん。

かつて、ものまねを毛嫌いしていたという青木隆治さんは父親のライヴを舞台袖で見て、その素晴らしさに感動して考えを変えたと言います。

そして青木隆治さんが見たものは、ツートン青木の芸だけではなく、その生き様も見ていたはずです。

このふたりの親子には、もう試練など起きてほしくはないですが、仮に今後、過酷な試練が待ち受けていたとしても、きっとポジティブに親子揃ってその試練を乗り越えて行くでしょう。

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