又吉直樹が世界遺産候補の沖ノ島を散策!神の島に驚きの慣習があった


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TBS系「又吉直樹 神の島を行く」で、芥川賞受賞で一躍時の人となった、お笑いコンビ、ピースの又吉直樹が、2017年の世界文化遺産候補地である、福岡県宗像市にある「沖ノ島」を訪れる。

沖ノ島には、古くから伝わり、今も残る驚きの慣習がありました。

沖ノ島があるところ

沖ノ島は、福岡県宗像市にありますが、九州本土には無く、九州本土からはるか60キロメートル北西に離れた日本海にポツンとある島です。島は周囲4キロメートルと非常に小さいです。下の地図からも分かるように、小さい島であることに加え、周囲には他の島が無いため、孤島となっています。


沖ノ島への行き方は、当然、船なのですが、何と沖ノ島は、許可なく行くことがでないようです。許可されるのは、毎年5月27日に日本海海戦(日露戦争)の慰霊を行う「現地大祭」の時だけです。

神宿る島、沖ノ島の位置づけ

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出典:朝日新聞

沖ノ島は、九州本土の福岡県宗像市にある「宗像大社」の神域になっているので、まずは宗像大社が、どういう場所なのかを見ていきます。

宗像大社は、「道主貴(みちぬしのむち)」と言う神様が祭られています。

道主貫は、「国民のあらゆる道を導く最も尊い神」です。ちなみに、 「貴(むち)」とは最も高貴な神の尊称のことです。

日本にはいろんな神様がいるので、混乱しがちですが、「貴」が付く神様は3人だけです。

1人目は、よく耳にする、伊勢神宮の大日靈貴(おおひるめのむち)(※天照大神)、2人目は、縁結びの神様で有名な出雲大社の大己貴(おおなむち)(※大国主命)、そして、3人目がご紹介する、道主貴(宗像三女神)です。

この3人目の、道主貴(宗像三女神)が宗像大社に祀られています。そして、「宗像三女神」と言われる、三女神は、「田心姫神(たごりひめのかみ)」「湍津姫神(たぎつひめのかみ)」「市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)」の3人の女神のことです。

この3人の女神が祀られている場所が、それぞれ3地域に分かれています。三宮(沖津宮・中津宮・辺津宮)と呼ばれていて、

沖津宮=沖ノ島=田心姫神(たごりひめのかみ)

中津宮=大島=湍津姫神(たぎつひめのかみ)

辺津宮=九州本土(田島)=市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)

となります。

沖ノ島には、宗像三女神の一人、田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られている場所と言うことが分かりました。

神域のため、一般の人は、許可なく沖ノ島には行けないということなのでしょう。

島に残る、驚きの慣習とは!

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沖ノ島は、現在も厳格な禁忌によって守られています。「不言様(おいわずさま)」とも呼ばる、島で見たり聞いたりしたものは、一切口外してはならないこと、「一木一草一石(いちもくいっそういっせき)たりとも持ち出してはならないこと、そして、理由は定かではありませんが「女人禁制」など、多くの禁忌があります。

入島も厳しく制限されているので、島を見たい人はこれまで大島にある遥拝所から沖津宮を参拝するといったことをしてきたようです。

沖ノ島には、二千数百年の歴史を物語る物品が残る!

沖ノ島は、中国大陸や朝鮮半島との貿易を行う交通の要路(海北道中)にあり、異国文化を受け入れる、重要な役割を果たしていました。また、周囲には他に島がなく、航海の目印として、嵐に遭った時の避難場所としてなくてはならない島だったようです。

4世紀後半から9世紀末まで続いた遣唐使など、朝鮮半島や中国大陸との交流が活発になると、交流の成就と航海の安全を祈って大規模な祭祀が行われるようになりました。祭祀では、人形、馬形、舟形といわれる石製の形代がお供えされていたようです。

他にも、銅鏡や勾玉、装身具などが出土しています。出土品の中には、中国や朝鮮以外の、中東から運ばれたと思われる、カットグラス碗などもあったようです。

周囲4kmの小さな島から、およそ10万点にも上る貴重な出土品があり、そのうち8万点が国宝に指定されていて「海の正倉院」とも呼ばれる理由になっています。

2017年の世界文化遺産の候補地に

「海の正倉院」とも呼ばれる「宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県宗像市、福津市)が2017年の世界文化遺産の有力候補地とされています。

世界遺産に選ばれたら、入島できないことや、女人禁制、口外禁止など観光地化するにはいろいろと課題がありそうで、観光客泣かせの世界遺産になりそうですね。

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